20151123 NO.4
◎屋久島宮之浦岳
2015年の登山は、東九州自動車道の大分から鹿児島方面にかけて全通したこともあり、屋久島宮之浦岳と随分前から決めていた。8月27日(木)22時に出発。八幡浜から九四オレンジフェリーで臼杵へ渡り、午前7時まで船内休憩の後、鹿児島までひたすら高速走行し、鹿児島港で昼食、そこからジェットフォイル船旅1時間50分。屋久島宮之浦港には28日(金)15時30分に到着した。

屋久島は今治市より広い面積504平方km、周囲130qと、思いのほか大きくて宮之浦港からホテルまで、レンタカーでさらに1時間余りかかってしまった。ホテルから20分ほどのところにある尾之間温泉は、地元の人が多く利用する素朴な温泉で、乗り物続きの体にとても優しいものであった。それから、その近くにある千尋(せんぴろ)の滝を観たが、一枚岩を削り取ったような滝の姿は、この島の自然の壮大さ、神秘性を感じさせるものであり、雨が予想される翌日の登山に向けて気合を入れることができた。

photo-5  尾之間温泉
photo-6  千尋の滝

29日(土)午前4時半にホテルを出、まだ薄暗い淀川登山口から6時15分に登山を開始した。この登山は片道約8q、高低差576mで、数字だけを見ると、たいしたことはなさそうではあるが、実際は、上り下りが繰り返されて、往復するには休憩を含めて11時間かかると紹介されている。50分歩いたところで最初の休憩場所の淀川小屋に到着した。そこでは、前日から宿泊していた九州大学の学生グループが登山準備をしているところで、話をしていると、そのうちの一人が大西出身の今治西高卒業生だということで、これには驚かされた。

photo-7  薄暗い中登山開始
photo-8  澄みきった渓流

それから1時間くらい経ったころから雨が降り始め、だんだんひどくなって、9時を回ったころには土砂降りになり、そのうち雷も加わって引き返すかどうかの判断に迫られるような事態にまでなってしまった。たまたまではあるが、ちょっと先に大きな岩かげ(投石岩屋)があり、合羽の上から当たる雨粒の痛さをこらえながら、先客が大勢いるその中に避難することができた。

photo-9  大量の雨で岩盤が露出している
photo-10  土砂降りで足元は急流

photo-11  急流の上を歩く
photo-12  行程中唯一、雨宿りできる投石岩屋

10分ほどで雨脚が弱まったので、意を決し、あらためて山頂を目指し始めた。雨は、この先下山するまで小康状態が続き、雲の切れ間に見えるこの島独特の山の景色を楽しみながら歩くこと1時間余り、午前11時に宮之浦岳山頂にたどり着くことができた。一緒に避難していた人たちも含めて、我々の後から登ってきたのは一組の男女ペアだけで、他の人たちは安全を優先して下山したようである。

photo-13  時々雲間に現れる山肌
photo-14  翁岳(1,860m)

photo-15  くりお岳(1,867m)
photo-16  宮之浦岳山頂(1,936m)

山頂での休憩はとらずにそのまま下山開始、再度投石岩屋でカップラーメンとおにぎりの昼食を済ませ、あとは黙々と歩くのみ。帰り道ということで多少の余裕もできて、うっそうとした森林、想像を絶するような大きさの古木、株を見たり撮影したりしながら淀川登山口に帰り着いたのは午後3時であった。予定していた11時間より2時間も短い山歩きになったのは、天候のせいもあって見どころを逃してしまったからかもしれない。歩いているときはあまり感じなかったが、体の疲れも相当なもので、この夜は前日と同じホテルの部屋で爆睡した。

photo-17  様々な巨木があるが写真では捉えきれない
photo-18  この大きな株、元の姿を見てみたい

翌30日(日)には鹿児島から九州道、中国道、山陽道、しまなみ海道を走りとおして、夜遅く無事に帰宅することができた。今回の登山で、中四国、九州の百名山すべて踏破したことになった。


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